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[どうしてそうなった!?]くまさんの輝き

[どうしてそうなった!?]は、変わったお米のネーミングの由来についてご紹介していくシリーズです。

今回のお米は
熊本県の「くまさんの輝き」です。

熊本県は、九州地方で随一のお米の生産量を誇る県です。
それは九州地方で有名な焼酎の原材料が、熊本県では芋や麦ではなく米であることからも分かります。
熊本県のお米事情とは、ざっくりとこういった感じです。

品種は「コシヒカリ」「ヒノヒカリ」がメインですが、そのような中、突如現れたのが「森のくまさん」。
そのネーミングの破壊力、そして日本穀物検定協会の食味ランキングで最高位の特Aを獲得したということもあり、知名度は一気に全国区に。
これに気を良くした熊本県からは「くまさんシリーズ」がリリースされるようになり、現在では「くまさん三兄弟」……「森のくまさん」「くまさんの力」、そして「くまさんの輝き」が栽培されています。

しかし……事実はここまで単純な話ではありません。「くまさんの輝き」が生まれた背景には、気候変動やお米の新品種乱立といった事情が複雑に絡み合っているのです。

3つの期待を背に生まれた「くまさんの輝き」

熊本県はどちらかというと温暖な県ですが、阿蘇地域のように冬の寒さは東北並みという地域もあります。熊本平野と人吉盆地では気候もかなり変わりますし、地域差が大きい県です。
気候が違うのであれば、当然栽培されるお米の品種も地域によってさまざまです。

熊本県では県内を「平坦地域」「山麓準平坦地域」「高冷地域(山麓地域)」と3つの区分に分け、それぞれに合った品種が栽培されています。
高冷地域では「コシヒカリ」、山麓準平坦地では「ヒノヒカリ」と明確な区分けがあった一方で、平坦地域ではその地域を代表する品種がありませんでした。
そこで生まれたのが熊本県のオリジナル品種「森のくまさん」(1997年)です。そして前述したように「森のくまさん」は一時期その人気が沸騰し、入手困難という事態にまで陥ったのです。

しかしその後、問題が起きます。
近年、毎年のように発生する夏の異常までの暑さ、そしてそれに起因する稲の高温障害です。

高温障害とは、穂が稔った後の日中の気温が35度、夜間でも30度を超えると見られる現象で、米粒が白濁化したり米粒にひびが入ったりする障害です。こういう米粒は精米時に砕けるため、炊飯時のベチャつきにつながるのです。
「ヒノヒカリ」「森のくまさん」はそれぞれ山麓準平坦地域、平坦地域でシェアを伸ばしたのですが、実はこの両品種とも高温障害への耐性がない品種です。そしてこの両地域では夏が異常な暑さになることが多かったため、高温障害が続出したのです。

そこで「高温障害に強く、県のオリジナル品種であり、もちろん美味しいお米」の出番が待たれることになりました。
「くまさんの輝き」はそういった3つの期待を背に生まれてきたのです。

開発期間は15年!

実は同じ切り口で先に生まれたのが「くまさんの力」でした。しかし「くまさんの力」は「ヒノヒカリ」系列であり味の方向性が同じであったため、新品種の割にはあまりインパクトを残せず、栽培面積が思うように伸びませんでした。
そこで「くまさんの力」を超える米として開発されたのが「くまさんの輝き」でした。その開発期間はなんと15年にも及んだといいます。

2016年11月、「熊本58号」は公募で寄せられた1238点の中から選ばれた「くまさんの輝き」という品種名になりました。「熊本で生まれたツヤ(輝き)の美しいお米」という思いが込められています。

味の特徴としては、粒立ちがしっかりして食感は申し分ないのですが、ややさっぱり系の味であり、旨味や甘味のインパクトがやや弱い印象です。
しかし「くまさんの輝き」の存在意義は、味だけではありません。
その地域で栽培しやすい品種であること、熊本県のオリジナル品種であること、そして何よりも高温障害に耐えることができるもの、の3つも併せて求められているのです。

これは何も「くまさんの輝き」に限った話ではありません。この時代にデビューする品種は、こういった要件を満たしていなければ生き残ることはできません。それら要件を満たした「くまさんの輝き」は、文字通り熊本県の輝きとなってその存在感をこれからますます強めていくことでしょう。

この記事を書いてくれた人:小池理雄(小池精米店三代目)
1971年原宿生まれ。明治大学卒業後、会社勤務を経て2006年に小池精米店を継ぐ。五ツ星お米マイスター。テレビやラジオ、新聞、雑誌、ネット等のメディア出演多数。
共著「お米の世界へようこそ!」(経法ビジネス出版)


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