「チャーハン」と「ピラフ」。似ている2つのコメ料理、何が違う?
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「チャーハン」と「ピラフ」。似ている2つのコメ料理、何が違う?

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「チャーハン」と「ピラフ」。
両者はコメがメインの料理で、見た目も似ていますね。
しかしこの2つの料理には、決定的な違いがあるのです!

「チャーハン」と「ピラフ」、何が違うのか。
それは調理方法です。

どちらの料理も主材料であるお米を「炒める」「炊く」の工程があるのですが、その順番が違うのです。
「チャーハン」は、先にごはんを炊いてから、ごはんを炒めます。
「ピラフ」は、生米を炒め、ブイヨンなどのスープで炊き上げます。

また「ピラフ」を炒める油分はオリーブオイルやバター、「チャーハン」はごま油と、炒める油にも違いがあります。

チャーハンとピラフの起源をたどっていくと、実はルーツは同じ、インドの「プラーカ」という料理と言われています。

「プラーカ」は、炊いた飯に残り物を混ぜた簡便な混ぜごはんでした。
その後、7世紀にイスラム勢力がインド方面に勢力を伸ばした際、鶏肉や豚肉を煮込んだ煮汁で米を炊き、炊きあがった米と肉を炒めた「プラーオ」という料理に変化。
さらにトルコ伝わり「ピラウ」、フランス料理の「ピラフ」として進化しました。

中国における「チャーハン」の原型が歴史に登場するのは7世紀頃。
『食経』という書物に「砕金飯」の記載があり、という今でいう卵チャーハンのようなもので、卵に包まれたご飯粒を黄金のかけらにたとえたものだと推測されています。

そして中国全土にチャーハンが一気に広まったのは10世紀から12世紀頃。
高温の油で食材を炒める「炒(チャオ)」という調理法が生まれ、さまざまな具材を加える現在の五目チャーハンが完成したとされています。
この頃、シルクロードを経由してピラフの原型が伝わったという説もあり、
「チャーハン」はインドから伝わった「プラーカ」が直接進化したのか、
「ピラフ」の発展形なのか、はたまた両者が掛け合わされて進化したのか。
このあたりは諸説あるようですが、ルーツが一緒なのは間違いないようです。

日本に「チャーハンの原型」が伝わったとされるのは7世紀から9世紀くらい、遣唐使が「ごま油でごはんを炊く」という調理方法を持ち込んだとされています。
しかしこの調理法は日本には根付かず、現在の「チャーハン」が日本に本格的に広まるのは明治以降になってからです。
日本においては、「チャーハン」と「ピラフ」はほぼ同時期に広まったと言ってよいでしょう。

この記事を書いてくれた人:江戸川渓谷(えどがわけいこく)
プロフィール:三度の飯とおにぎりが好き。趣味は道の駅めぐりに商店街散策、メタボ対策のトレッキング。うまいものは足で稼ぐのが信条。ゲットした惣菜で晩酌するのが最近の楽しみ。


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