ごはんが進む「餃子」のルーツ
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ごはんが進む「餃子」のルーツ

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食の話題で、毎年のように賑わうテーマの一つといえば
「餃子消費量日本一はどこか」。

餃子の街として全国に名を馳せるのは栃木県宇都宮市と静岡県浜松市。
総務省が発表する家計調査で、一世帯あたりの餃子購入額において、毎年のようにトップが入れ替わる激戦を繰り広げる二強です。

2020年の年次データでは、浜松市が2年ぶりに首位奪還と話題になりましたが、2020年の上半期時点でトップだったのは、なんと伏兵・宮崎市。

2020年上期は栃木県と静岡県には緊急事態宣言が発令され、その影響で宮崎市の順位が押し上げられたのが要因でした。

また、新型コロナ禍がもたらした食トレンドといえば「無人餃子販売」。
冷凍ショーケースに入ったパック餃子を賽銭箱状の料金箱に入れて持ち帰るスタイルが究極の非対面販売方法として注目され、いまや町に1つは無人販売がある状況です。

餃子の歴史とルーツ

コロナがあろうがなかろうが、日本人の食卓に欠かせない存在の「餃子」。そのルーツはどこにあるのでしょう。

日本で初めて餃子を食べたとされるのは、かの水戸黄門こと徳川光圀公。1644年に中国で明朝が滅亡し、満州民族による清朝が成立。

日本に亡命した明の儒学者である朱舜水が、ラーメンとともに伝えたとされています。江戸時代中期の料理書『卓子調烹法』にも「餃子」の記載があり、光圀公がラーメンだけでなく餃子も食べた可能性は高そうです。

江戸時代に渡来し、一旦消滅した餃子が復活したのは明治以降。
日本各地に中華料理店ができ始め、一部で餃子の取り扱いもあったようですが、確からしいのは“昭和初期創業の神戸の老舗「神仙閣」で水餃子を出していた”ということぐらいで、餃子が普及しているとは言えませんでした。

日本に餃子が本格的に広まったのは、第二次世界大戦後。
満州に駐留していた復員兵が、手に職をつけるため、大陸で慣れ親しんだ餃子の屋台を始めたのがきっかけとされています。
実際、餃子の盛んな宇都宮や浜松の両市には、かつて旧日本陸軍の重要拠点があり、終戦後には多くの人たちが引き揚げてきました。

「焼餃子」が普及した理由とは

しかし、中国の餃子は「水餃子」か「蒸餃子」が一般的です。
なぜ日本では「焼餃子」が普及したのでしょう。

その理由は、ズバリ「ごはん」にあります。
中国における餃子は、旧正月で食すなど、ハレの日にも食べる「主食」であり、生ニンニクを刻んだタレにつけて食べるスタイルが一般的。

主食となる米に合わせ、おかずとして食べるというスタイルは日本独自のものなのです。餡にニンニクを入れ、香ばしく焼くことで、「ごはんが進むおかず」として、戦後、日本の食卓になくてはならない存在となりました。

2021年度の家計調査は、もうまもなく発表になります。
トップは宇都宮市か浜松市か、はたまた新たな伏兵が現れるのか!?
ドキドキしながら発表を待ちたいと思います。

この記事を書いてくれた人:江戸川渓谷(えどがわけいこく)
プロフィール:三度の飯とおにぎりが好き。趣味は道の駅めぐりに商店街散策、メタボ対策のトレッキング。うまいものは足で稼ぐのが信条。ゲットした惣菜で晩酌するのが最近の楽しみ。


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