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米の危機、迫る現実

「あと10年、いや5年もすればもうお米を作る人は減って、お米が欲しくても手に入らない時代が来ますよ」。

時々こういった話を聞きます。
ただ……こういった危機感をあおるような将来像は、農水省やメディアからはあまり発信されません。

それは「根拠」がないからです。
……それでもよく耳にします。
しかも生産現場から、です。
そういった意味ではある意味「非常に生生しい実態」だと言えるでしょう。

そう、それくらい産地では高齢化が進展し、農業を辞める人が多いのです。

高齢化が進む農業現場の実態

その一例として、農業従事者のうち基幹的農業従事者(仕事が主で自営農業に主に従事)と呼ばれる人たちの年齢割合を見てみましょう。
実は65歳以上の割合は70%となっています(令和6年農業構造動態調査)。しかも70歳以上の従事者が60%を超えています。さらに労働力総体は136万人と、こちらも毎年右肩下がりとなっているのです。

高齢化に伴い耕作地が放棄されれば、その分、若手の生産者や現地の大規模農家が耕作地を集約するので、結果として効率よく農業ができる……という話もあります。その通りであれば農業自従事者の高齢化等はあまり問題にならなさそうですが、実際はそのようにはなりません。

生産調整と米の価格

日本の田んぼは何も平地にあるだけではありません。
先達の皆さまのご苦労により、山肌の急斜面や日当たりが悪いような土地までも根気よく開墾し、稲作を展開してきました。こういった土地は条件が良くないため、集約化の対象にはならないのです。
また、積極的に農地の集約を進めている人がいても、都合よく隣近所の人が農業をやめるとは限りません。

そう、同じ地域でも若干離れた農地を引き継いでも、やはり集約化にはならないのです。

結局、放棄された田んぼはすべて引き継がれるわけではないので、日本の耕地面積は徐々に減っていきます。そういった「条件が悪いけれども細々と稲作を営んできた」人たちの田んぼが無くなるということが、今回の米騒動を引き起こしたような「急に需要が増えても対応できない余裕の無さ」に繋がっていると思うのです。

以前であれば例えば「駐車場の管理者をしているおじさんが実は兼業農家で、尋ねてみると『そういえばまだ倉庫にお米があったなぁ』といった感じで余剰分が出てくる」とか、「春先に稲作作業を開始するにあたり作業場を広くしたいから、そこに置いてあったお米を整理する」とか、「GW中に一通り親戚にお米を渡したので、余ったお米を販売してパチンコでも行ってくるか」とか、そういった「目に見えないけれど埋もれているお米」があちこちにありました。

高齢化が進み、生産者が減るとそういった余分なお米も減ってくるのです。
……いま、お米の生産調整は行われていないと思われがちですが、実際には行われています。数値目標に縛りはありませんが、厳として今もあるのです。その数値目標に達するために、輸出用米、加工米、飼料米の栽培に田んぼを振り向けた場合や、田んぼを畑に変えて蕎麦や大豆、麦を栽培した場合に、補助金を出しているのです。

上記のように産地に余裕がないうえに、さらに生産量を減らしている、そんなときに一気に需要が増えれば、対応できないのは当たり前です。
そのためここにきて需給バランスが一気に崩れてお米の値段が高止まりしているのです。

一連の米騒動の報道のなかで時々耳にしたのが「農産物の価格変動はマーケットにまかせ、生産者の所得が減ったのであれば所得補償すればいい」という論です。そうすれば作る方も好きなだけ作れますし、収入について心配する必要がありません。個人的にそれが実現できるのであれオールOKな気もしますが、実際には難しいと思います。

上記のように農業生産者が136万人として、世帯数をその半分とすると65万世帯。仮に1世帯に200万円の所得補償をするとなると1,3兆円が必要です。農水省の予算は令和7年度概算要求2兆6,389億円ですからそれを考えると実現不可能です。

しかし……そもそもなぜ生産調整をする必要があるのでしょうか?
なぜ農業従事者の高齢化が進んでいるのでしょうか?
それはお米の値段があまりに安いからです。もうとっくに再生産可能な経費を割ってるからです。そう、続けたくとも続けられないのです。

日本人の食生活の変化

ではなぜ安いのでしょうか?
それはお米が売れないからです。日本人がお米を食べなくなったからです。

前々回のオリンピックのころが消費のピークで、日本人一人当たり年間で120kgほどお米を食べていましたが、今ではその半分以下です。
……食べなければ食べないで、お米は既に「オワコン」だから、そのまま放置しても良さそうなものですが、しかし今回の米騒動でもお分かりのように「普段はあまり食べないけれども、いざとなったらやはりお米は大切な食糧」のため、政府としては放っておくわけにはいかないのです。

……そう、要するに日本人の食生活の変遷が問題の根幹にあるのです。そこが最も重要な視点だと私は考えております。
日本人がもっともっとお米を食べれば、お米の価格も維持できます。生産者が将来に希望を持てます。跡を継がせることも考えられます。作る人が増えれば上記のような「目に見えないお米」の生産量も増えることでしょう。

冒頭に掲げたような近未来に起こり得る危機を乗り切るために、私たち一人一人が普段よりも多めにお米を食べることを意識する……ことが実は問題解決の近道だと私は思うのです。

この記事を書いてくれた人:小池理雄(小池精米店三代目)
1971年原宿生まれ。明治大学卒業後、会社勤務を経て2006年に小池精米店を継ぐ。五ツ星お米マイスター。テレビやラジオ、新聞、雑誌、ネット等のメディア出演多数。
共著「お米の世界へようこそ!」(経法ビジネス出版)