[どうしてそうなった!?]ねばり勝ち94
[どうしてそうなった!?]は、変わったお米のネーミングの由来についてご紹介していくシリーズです。
今回のお米は栃木県の「ねばり勝ち94」です。
ねばり勝ち94
「『ねばり勝ち94』?? ……いや~知らないなぁ。
え、キリンが開発したお米? ……そうねえ、そういった企業さんが作った種ってなかなかこっちには回ってこないんだよね~。」
先日、栃木県の生産者さんから聞いた話です。
みなさん、「ねばり勝ち94」というお米をご存知ですか?
名前のインパクトの割には、生産者も米屋も知らない人がほとんど……という稀有? なお米です。
そして実態は……農林水産所の「令和元年産銘柄別検査数量」を見ると名前すら掲載されていません。
つまり栽培実績がゼロということです。
ただ……業界関係者は思います。
「知らないけど……その名前から察するに、明らかに「低アミロース米」なんだろうな~」と。
名前だけでその品種の特性が分かるお米
「ねばり勝ち94」とは、キリンビールがバイオアグリ事業に力を入れていた90年代に開発した新品種。冒頭に栃木県の生産者さんが出てきたのは、このお米は栃木県のキリンビールの研究所で開発されたからです。
「低アミロース米」とは北海道「ゆめぴりか」、宮城県「だて正夢」に代表されるような、もち米に近い粘りが特徴のお米です。
お米の主成分はでんぷんです。
このでんぷんはおもに「アミロース」と「アミロペクチン」で構成されています。「アミロース」は鎖状に分子が繋がっているのに対し、「アミロペクチン」は網のようにつながっています。そしてこのアミロペクチン100%のお米が「もち米」なのです。アミロースの割合が低いお米は、「もち米」に近い「うるち米」になるのです。
日本のお米は外国のお米に比べるともっちりした食感です。そう、日本人はもっちりしたお米が好きなのです。その特徴を際限まで引き出したのが「低アミロース米」です。
需要と供給のバランス
それなのに現在「低アミロース米」である「ねばり勝ち94」が消えたのは、いくつかの要因が想定されます。
一つは生産者にメリットがあまりないことです。
米の種子開発は以前は公的機関が独占していましたが、1980年代に一般企業にも開放されました。当時はバイオテクノロジー華やかりしころで、また米の市場は日本の農業では最も大きいマーケットであることから、民間企業が種子開発に取り組み始めたのです。
しかし時代は米余りの時代。コシヒカリ並みに美味しくないと選ばれない時代です。短期間でコシヒカリと真っ向勝負できる品種の育成は時間がかかるため……「もっちりに特化したお米」に走ります。その延長線に「ねばり勝ち94」があります。
しかし同時期に同じようなお米「ミルキークィーン」が国の研究所で開発され、供給が始まります。生産者は同じような米があるのであれば普通は民間から種は買いません。国が開発した種子の方がJAからの買取等を含めて売りやすいからです。最近では商社が「栽培したお米は全量買い取る」という約束をして生産者に新品種を栽培してもらうことがありますが、それくらいでなければ生産者は栽培しません。
特徴を想起させるネーミングの先駆け
そして消費者の嗜好の変化もあります。いまは粘りが強いお米はそれほどもてはやされていません。
「ゆめぴりか」や「だて正夢」は県が奨励し、宣伝も行っているため栽培されていますが、「ミルキークィーン」の生産量は年々減ってきています。「つや姫」「さがびより」「にこまる」「きぬむすめ」「晴天の霹靂」「雪若丸」……最近のお米は食感がぱりっとして中がジューシーという品種が流行っています。
そういった意味では「粘りが強いお米」は時代遅れなのです。
それでも冒頭にあったように「名前だけでその品種の特性が分かる」というお米は、まさに民間企業ならではの発想。
当時としては珍しかったのですが、今では「和みリゾット」「華麗米」「まんぷくすらり」などお米の特徴を想起させるネーミングが増えてきました。
「ねばり勝ち94」はそういった新しいネーミングパターンの先駆けとして、評価すべきお米だと思います。
この記事を書いてくれた人:小池理雄(小池精米店三代目)
1971年原宿生まれ。明治大学卒業後、会社勤務を経て2006年に小池精米店を継ぐ。五ツ星お米マイスター。テレビやラジオ、新聞、雑誌、ネット等のメディア出演多数。
共著「お米の世界へようこそ!」(経法ビジネス出版)